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広島高等裁判所岡山支部 昭和52年(う)112号 判決 1978年2月15日

被告人 山本繁春

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、岡山地方検察庁倉敷支部検察官事務取扱検事細川顕名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

論旨は要するに、原判決が本件各公訴事実中道路交通法七二条一項前段の救護義務違反の点について犯罪の証明がないとして無罪の言渡をしたのは、認定した事実に適用すべき法令の解釈を誤つてこれを適用しなかつた結果であり、また右救護義務違反の罪と原判示の同条同項後段の報告義務違反の罪とは本件の場合観念的競合の関係にあると解すべきなのに、原判決がこれを併合罪の関係にあると解釈して主文で一部無罪の言渡をしたことは、最高裁判所の判例に反する判断をしたもので、いずれの点も法令の解釈適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。かつ原判決が被告人に対し刑の執行を猶予したのは、量刑が不当に軽過ぎるので、破棄のうえ更に適正な裁判を求める、というのである。

よつて記録を精査し、当審における事実調の結果をも参酌して検討するに、原審で取調べた各証拠によると、被告人が原判示の罪となるべき事実二、2掲記の日時、場所において、普通乗用自動車を運転中、同三、掲記の交通事故により、門脇恒雄が原判示のように傷害を負つたこと、被告人は右事故発生直後、自車をその場に停止させて下車し、倒れていた右門脇の側に寄つて、「大丈夫か。」とたずねたところ、門脇は頭から血を流し、「うーん、わしどうなつたんや」と返答はしたものの、自力では立ちあがれない状態で、かなりの重傷を負つたことが一見して明らかであつたこと、被告人はまわりに集つてきた通りがかりの車の運転者ら数名が門脇を抱きかかえるようにして介抱しはじめたのを見ながら、誰にともなく「救急車を呼んでくれ」と言つたが、その時は既に被告人に続いて乗用車を運転して現場に来合せた清水正憲が救急車の手配を頼んでいたこと、被告人は救急車がなかなか来ないように思つたので、「自分の車で病院に運ぼう」と言つたが、普通貨物自動車を運転して通りかかつた西垣昌が、自分の車で運べば怪我人の足を曲げずに乗せられると言つたので、清水、西垣らと協力して門脇を西垣の車に乗せ、西垣が運転し、清水が付添のため同乗して門脇を姫路市白国五反田二六一の二一小林整形外科医院に運びこんだこと、被告人は現場に残つて倒れていた被害者の自転車を片付けるなどの始末を済ませた後、自車を運転して西垣車の後からついて行こうとしたが、途中で西垣車を見失い、行先の病院がわからなくなり、本件事故を届出れば無免許運転の事実が発覚することや治療費等を負担させられることを考え、このまま逃げようという気持を起して、警察官に事故の報告をすることもなく逃走したことが認められる(なお、原判決は、被告人が門脇の運びこまれた病院をしばらくさがしたが見つからなかつたと認定しているが、当審における事実調の結果によれば、小林医院は事故現場から東方約一〇〇メートルの地点にある白国交差点から南方へ約二二〇メートル行つた道路の東側にあり、建物自体大きく目につき易いうえに、道路脇にも看板が取付けられていて、被告人が本気でさがす気持があれば、これを発見することは容易であつたと思われ、被告人にははじめから病院をさがす気持が乏しかつたものと推認される)。

ところで原判決は右のような事実から、本件被害者に対する救護の措置は一応つくされており、被害者が然るべき医療機関において治療を受けられることが確実に期待できるようになつたのであるから、被告人がそのうえ更に被害者の運びこまれた病院におもむいて負傷の状態を確かめ、医師に診療の依頼をするなどの措置を講じることは道義上期待されることではあつても、道路交通法が定める救護義務の範囲には含まれないとの趣旨の判断を示している。

しかしながら、道路交通法七二条一項前段により、所定の運転者等に課せられる負傷者を救護すべき義務の内容は、負傷の程度、道路交通の危険発生の有無、程度、その他具体的状況に照らし、社会通念上負傷者を救護したと認めるに足りる適切、妥当な措置をとることを意味すると解すべきところ、本件の場合、門脇の負傷は頭部に生じたもので、傷口から出血しており、被告人の問いに対する受け答えも意識の混濁をうかがわせるもので、自力では立ちあがれない状態にあつたのであるから、常識的に見て重大な結果の発生が危惧されるべき事態であり、結果的には全治約三週間を要する頭部、顔面打撲挫傷、左下腿打撲傷にとどまりはしたが、事故当時の状況においては、素人眼には到底楽観できない重傷とも見えたはずで、このような負傷者に対し法定の救護義務をつくしたというには、少なくとも負傷者を病院等に運び入れ、現実に医師の診療を受けさせるまでの措置を講じることを要すると解すべきである。

しかるに、被告人は、一応自己の車で門脇を病院に送り届けようという気持を持つていたことは認められるにせよ、結局は第三者である西垣、清水が好意的に門脇を連れて行つてくれたのを幸いとして、門脇が自分では受傷の状況も説明できず、付添の必要が予想され、さればこそ清水が自分の車を置いたままわざわざついて行つたのにかかわらず、被告人自身は門脇を西垣の車に乗せる手伝をしただけで、そのまま行方をくらましてしまつたのであるから、これをもつて被告人が負傷者の救護につき適切、十分な措置を講じたものとは到底認めがたいところである。本件の場合のように被告人と全く無関係な第三者によつて一応の救護措置がとられ、負傷者の手当に格別の支障が生じなかつたとしても、そのことによつて交通事故を起した車両の運転者である被告人に課せられた救護義務が消滅し、又は免除されると解するのは相当でなく、被告人としては更に負傷者が送り届けられた病院におもむき、負傷者の症状や治療依頼に手落がないかを確かめ、必要があれば医師に受傷の状況を説明する等の措置を講じてこそ法定の救護義務を果したといい得るのである。

従つて被告人は道路交通法七二条一項前段に定める負傷者救護の義務を怠つたものといわなくてはならず、この点につき被告人を無罪とした原判決は右条項の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

そして本件公訴事実中、原判決が有罪と認定した覚せい剤取締法違反並びに道路交通法違反(無免許運転及び報告義務違反)の部分については、事実認定等に何らの誤りもないが、報告義務違反の罪は本件の場合前示救護義務違反の罪と観念的競合の関係にあると解すべく、その余の罪はこれと併合罪の関係にあつて、全体として一個の刑をもつて処断するのが相当であるから、検察官のその余の論旨に対する判断を省略して、右有罪部分を含め原判決全部を刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により破棄し、同法四〇〇条但書にもとづき、当裁判所において更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

原判決が確定した原判示各事実に次の一項を加える。

被告人は、原判決(罪となるべき事実)二、2の日時場所において、同三記載のとおり交通事故が発生し、自車が衝突した自転車の操縦者門脇垣雄が全治約三週間を要する頭部打撲挫傷等の傷害を負つたのに、同人に対し完全な救護の措置を講じなかつたのである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示各所為中、覚せい剤を使用した点は覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に該当し、無免許運転の点はいずれも道路交通法一一八条一項一号、六四条に該当するので、それぞれ懲役刑を選択し、救護義務違反の点は道路交通法一一七条、七二条一項前段に、報告義務違反の点は同法一一九条一項一〇号、七二条一項後段にそれぞれ該当するが、これらは一個の行為が二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段により重い前者の罪の刑で処断することとし、懲役刑を選択し、以上の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により同法四七条但書の制限内で最も重い覚せい剤取締法違反の罪に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、同法二五条の二第一項前段により右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人の負担とする。

なお所論に鑑み量刑について付言すると、被告人には所論指摘のとおり覚せい剤取締法違反、無免許運転等の同種前科を含む前科六犯があり、特に無免許運転を反復している点において法規範に対する無関心がいちじるしいと見られ、再犯のおそれが濃く、生活態度も甚だ不まじめで自己中心的であり、原判決が被告人に対して単に執行猶予付の懲役刑を言渡したのは、量刑軽きに失し、適正を欠く嫌いがあるが、一方被告人は先に執行猶予付懲役刑を受けてはいるが、一応猶予期間を満了し、実際に服役した前歴はないこと、本件の各罪状はいずれも遵法精神の欠如をあらわしている点において悪質ではあるが、実質的な法益侵害はそれほど重大とまではいえないこと等被告人に有利と思われる情状をも斟酌すると、被告人に対しては今回に限り刑の執行を猶予し、猶予の期間中保護観察に付して、自力更生の最後の機会を与えるのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 久安弘一 大野孝英 山田真也)

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